アイリッシュの物語

アイルランド音楽は好きである。原因は何か随分考えた。色んな理由があるのだが、
方法論的な部分からは説明出来ない部分のお話し。

漠然とした感覚から好きになり、音律、リズム、独特な装飾みたいな物の習得に努力し、
それを獲得できたとすると、なんだか全てが理解出来たような気分に陥ったりするのかも知れない。、
しかしながら、それは単なる装丁の習得に終わっている可能性もある。

本来、彼らの装丁は極めてシンプル、故に、更なる飾り付けを加える事も容易だ。
例えば、音律だけ捉えると、コード付けの可能性は幾らでもある事になる。
いたずらに面白さを追求すると、言葉に例えるなら語尾のイントネーションを変えてしまい、
本来の意図とは、別の表現になってしまう・・と言う話。

また「楽しい曲」の中身は、実は悲しい・・だったりする場合もある。
殆ど、表題音楽なので、そこには何かしら具体的な物語がある。
楽曲は、その物語を想起させる役割も持っているだろうし、実際、彼らが演奏する際、
その詩なり物語を噛みしめたり楽しんだりしているようにも思える。

民族音楽は、その物語を共有する人達の為に生き延びている。
それは歴史的な意味で、彼らだけのモノだったり人類共通のモノだったり、色々あるはずだ。
彼らの音楽から、学ぶ事は、子孫?に伝えるべき物語に価値を与え続けている事なんだと思う。

ふと、思うのである。この土地に暮らす者の末裔として、伝えるべき物語を、ちゃんと知っているだろうか・・いささか、寂しい話ではあるけど、最近のテーマではあるりさぱ前

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中