827 稲生座「古澤&小二田」

高円寺に古くからリペアー屋さんがある。古澤さん自身もギタリスト。
ギタリストの気持ちも楽器の気持ちも良く分かる。

前から話は出つつやっと具体的なお話。8月27日月曜日20時から高円寺「稲生座」
二人でやります。稲生のエミさんとセッションもあり!月曜にした理由は、ライブをやりたがる人が少なく、お客さんが少なくても迷惑が最小限!

彼の店に出かけると、ギターの話・世間話・きりが無いし時にはセッションもする。
この楽しいギターライフ?若い人達にも若くない人達にも知って欲しい。

子供の頃、オモチャでも何でも、解体してみる癖・・は、二人とも共通している。違うのは、彼は元に戻せるが、私には上手く出来なかった・・ってことかな。そんな話をしながら、ノンビリしたライブをやってみようと思う。

 

 

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ついていけない感・・

小さな畑を耕し、作物を売ることで成り立った生活は一変する。市場価格が下落、原因は供給過多。当然、収入は半減する。

セールスマンがやってくる。商品は、広い土地と最新の農機具。生き残りをかけ、機械化し効率的な量産をし、競争力を付ける応援したい、とそう言う。ローンの支払いが終われば、利益は増大する見込みだった。しかし、更に市場価格は下落、再び設備投資を迫られる。固定費の増大に伴い当然ハイリスクになる。

別のセールスマンは、このことを指摘ていた。彼は、他者の作物との差別化によっての競争力強化を提案する。所謂ブランド化、規模は変えず、商品に付加価値を付け、一般的な商品より高い単価を付ける作戦だ。専門家・権威・著名人のお墨付き・最近では、所謂サクラを使った口コミ。いずれも、ネット上での注目度を著しく上げる事が出来る。当然、支払額に相当する・・。結局、支払い能力・借り入れしてでもコストを払う覚悟を強いられる。

多くの場合、このセールスマンの企業が利を得る。・・が、それも長くは続かない。彼らもまた、競合し、サービス合戦を繰り返し消えて行くだろうから。

常に薄情で、目先しか考えない消費者だけが、農民より、セールスマンより少し長い間、生き延びる。この農民もセールスマンも・・

悲しい事に、この私も馬鹿な消費者の一人ではある。

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昨今、音楽活動も、プロモーションビデオを制作するのが、常識化してきているのか、
ビデオ制作サービスの会社も増えているようです。更には、youtubeなどのアクセス数を支払い額によって保証するサービス・・どう言う仕組みなんでしょうか?
もはやネット上に溢れる情報の中に埋もれない対策は必須らしく、その為にコストを払う事も常識化している様です。仮にコストを払いアクセスが増えたとしても回収の保証は無いので、どこか博打的にガックリきている人も居るだろう気もします。自分のスタジオ経営も音楽制作も、認知度を上げる為の努力があまりに不足し、競争に着いて行けない事に焦りを感じつつ、正直、強い嫌悪を感じます。

オリジナル曲のすすめ。

 

70年代フォークブーム、吉田拓郎や井上陽水など、ギターを持ちオリジナル曲を歌う人達に憧れ、フォークギターを買って、コードを見ながら歌った人達。まあ、私と近い世代も今や定年の世代。かつて憧れたマーティンやギブソンを購入したり、仕事じゃない話題を共有出来る仲間が集うフォーク居酒屋は、相変わらずの賑わい。そうは言っても当然、仕事帰りに立ち寄る事の出来る世代は、年ごとに若返り、歌う曲も、70年代から80年代に以降しているようです。

戦後日本の軽音楽は、ジャズからロカビリー・ビートルズなどに影響を受け所謂グループサウンズそしてやっと60年代後半にロック・フォークブーム。とは言ってもこの流れ、本場アメリカとのタイムラグは殆ど無かった事に驚かされます。ロック・フォークは、音楽的な教育が無くても出来る!と言う意味で庶民的。ロックは、ドラム・ベース・エレギなど楽器を持っているメンバーや演奏出来る場所も限られる。しかしフォークは、アコギ一本あればアパートでもOK!学生さんにも手が届く!3つか4つのコードを覚えれば大概の曲の伴奏は出来る事もあり大流行だったのでしょう。

60年代後半、学生運動真っ最中には、社会的なメッセージを持った歌、演歌師的な歌が流行したものの70年代初めには、私小説的な歌が多く歌われる様になり、演奏形態の違う流行歌の様になって行ったのかも知れません。ともあれ、音楽は、クラッシックなどの様に教育を受けた上で始める!では、無くなったのです。

特にフォークは、当時の若者の気分を等身大で代弁し、自ら曲を作るまでも無く、既存の曲を歌う事で共感・連帯を味わう事が出来たのだと思います。

さてさて同世代のフォークファンの皆さん。かつての曲を否定する気は毛頭ないのですが、
そろそろ冥土の土産?オリジナル曲を作ってみては、いかがでしょう?かつての曲の中にも、変わらない自分を見出せる事は理解出来ます・・・が、今のあなたを、自身の言葉で!

 

お手伝いします!!   まあ・・宣伝なのですが・・相談お待ちしています。

 

望まない

あらばき印刷のおばちゃん・・昔はチラシなどの印刷も請け負ったが、ネット上に格安の印刷屋は犇めいている。なので、かなり細かい注文に応えられる本の印刷・製本を中心に頑張る方向。

商店街の崩壊も農業の衰退も、みんな同じ図式。個人として向き合う責任を伴う濃い人間関係は捨てられ、人は殆どの責任を金を支払う事で他者に依存して生活している。ネットなどの発達で世界が狭くなった気がする一方、個々は日増しに遠ざかって行く。

政治家とか大企業、ああいった人達に期待するのは間違いだと思う。彼らは人を殺す権利を含め権力と資産を合法化する事に躍起だ。

金を支払う事で全ての責任を果たせる世界を私は望まない。交通事故で人を殺しても保険に入っていれば、遺族にも会わず責任を取れる・・そういう法律って良いのか? 信用とは所得・資産?それで良いのだろうか?

自給自足は一人では無理だとしたら、それを賄えるコミュニティーの作り方を学ぶべきじゃなかろうか。即ち政治や外交、福祉の自給自足でもある。大概の事は金を払えば誰かがやってくれる。その分、失った事も多い筈だが、何せ喰って行くために精一杯。それを満たしたら差別化に邁進するのが今の時代の幸福なのか。私は望まない。政治家を避難するだけで無く、そもそもそこに依存仕切っている事と、小さく同じ事をしている自らを省みるべきじゃないのか・・偉そう? まあ良いじゃん・・・本音なんだから。

 

叔母茶台湾

ナマステバンド30周年イベント

ナマステ30周年ポスター

今度の日曜はこれ・・ナマステバンド30周年イベント。結成当時、ネパールの民主化やカーストを越えた国作りをテーマに活動していた。https://www.youtube.com/watch?v=GOD8YERxCyo&t=466s日本人との結婚を機に日本での活動やネパールミュージシャンのプロデュースなど活動に活発をしてきた。んでこれを機にボチボチ拠点をネパールに戻すらしい。そのセレモニー&ナマステバンド30周年イベントって事らしい。年に数度は日本に来る・と言うお話。

ネパールは一度しか行った事が無いが、色んな事を教えてくれた国。イソル氏もこの30年で表向き大きく変わったし、その事もまた色んな事を教えてくれる。善し悪しは別の問題として・・まあ何回かは衝突もしたけど良い友人なのだ。

なので?お祝いに駆けつけます。イベントのオープニングかな・・箏のがんちゃんと和風で出演です。

 

すれ違う世代3

先日のブログ・・世代のデバイドについて色んな意見を頂き、その一つ、我々世代も若い世代の音楽を聴き理解する姿勢が無いのではないか・・と言うご意見・・・確かに・・まあオジサン達は自分達が若かった頃の音楽の方が数段優れている!!そう思い込んでいるふしはありますな。

テレビや街角で流れている音楽に「おっ!」って思う曲が無いなあ・・・は、こちらの感受性が鈍ってしまったって事なのかな・・と思う事も時々あります。

いずれにせよ、かつての曲を楽しむばかりではなく、現在進行形で「流行している物より良い!」と言い切れる何かを作り出す努力も忘れちゃいけないのかも知れません。その上で若者に問う場面を作んなきゃ!ですかね。

思えば、自分は若い頃、かつて手に入れた物を誇らしげに掲げる中年を嫌っていましたっけ。
・・・がんばろ。

 

 

 

 

すれ違う世代2

私が20歳の頃、60代のアマチュアミュージシャンは、殆ど居なかったのではなかろうか。現在、同世代のアマチュアミュージシャンは、潜伏組を含めると物凄い数になるんじゃなかろうか。勿論、年々減少する一方ではあるのだけれど。

邦楽やクラッシックなど習い事として楽器に親しむ人は、ある程度生活にゆとりのある家庭に育った人になる。箏・三味線・尺八・ピアノ・バイオリン・・どれをとっても楽器が高いのだ。

60年代にエレキブームがあったが、これもそこそこ金のかかる趣味だったと思われる。70年代、フォークブームの到来で、初めて貧乏学生?でも楽器を手に出来た。しかも楽典的な知識も必要無かったので、先生に習う音楽とは、全く別の展開を見せた。

以前、戦後のジャズ界の重鎮と話した際、「70年代に素人の音楽が流行った為に仕事が減った・・」彼がそうボヤいたのは、この事だ。

60年代グループサウンズブームの頃も楽曲は、それなりに教育を受けた作家達が作っていた。フォークブームは、正に音楽教育と関係無いところで成立し、音楽の裾野を一気に広げたとも言える。

んで、その世代・・もはや70歳オーバーである。それに感化された同世代から20歳程度下の世代が、彼らの生活を支えた。この方達は未だ健在。フォーク居酒屋を支えているのも、この世代の皆さん。

定年なり生活のゆとりなどがあれば、若い頃に立ち返り懐かしい歌を歌いたくもなる。或いは、当時手に入れた楽器を引っ張り出す余裕も生まれたのかも知れない。なので巷のライブバーは、その世代で埋め尽くされる・・しばらくは。

このブログを見る10代20代は、殆ど居ない様な気がするが、音楽、楽器を通して世代間の交流が可能な時代であるとも言える。少なくとも私が20代の頃に比べたら。

最近、ライブハウスオーナーから聞いた話しでは、若い人達のバンドは減少傾向にあるらしい。彼の話では、娯楽の多様化、音楽スタイルの多様化、協調性の欠落・・色々と要因があるらしい。

オジさん達は、何故ここまでギターやバンドにはまったのか?健康の話ばかりしながらも、ライブをやりたがるのか・・その魅力を、若い世代・・まあ息子や孫世代に伝える機会を作りたい物だよなァ・・と思うのでした。