923 セプコンやります。

セプコンは911のグランドゼロから始まった。

日本では当時、「国境なき楽団」と言うNPOが主導した。

テロの悲劇を忘れず再発を防ぐ事、犠牲者の追悼の意味もあったと思うが、「街を平和な歌声で満たそう!」がテーマだったと思う。

時代は必ずしも好転しているとは言えないし、なぜ「テロ」だったか?を考えずに、平和を歌うだけで十分ではない。相手の事情を知り、考える必要は必ずある。

国を挙げての交流は、交易、市場確保の意図から始まったとも言える。それは主導する集団、国の価値観で他国のイデオロギーや文化にまで口を出し、戦争すら肯定するに至る。

どこの国の庶民も、生まれた時に既に機能している社会的な常識の上に育つ。他の国の価値観では信じ難いような事ですら。

だが人間として、ほぼ全ての人に共通する感情や美意識はやはりある。良い事も悪い事も。

例えば、子は可愛く守るべきものである感覚。

肉親の死に対する悲しみ。自分の存在が他者の幸福に寄与し心から感謝されていると感じる幸福。

そして、生まれた郷土、自然を敬う心だ。

もっとも、その感覚は土地の金銭的な売り買いに寄って大きく失われた。

土地には、既に亡くなった多くの人達の想いも含まれる。だがそれは、金で買われた途端に消失するのだ。

そうでもなければ、原発や基地の誘致は、なかったかも知れない。

反対に優位性の確保に捉われ、優位性を証明する画一的なルールのゲームを作り上げる性質も人間共通だと思う。

優位性の確保は、場合によって差別をを引き起こすだろう。

経済的な分野には好都合な事も多い。

優位性の良い使い方もある。

優位でない者を守る責任を引き受ける!事だ。

大人が幼児を育てるのと同じように。

昔に有り勝ちな親子関係にも似る事だ。

それは厳格な命令になる場合もある。

時にその厳格さを模し、自分の優位性を確認したいだけの者を、悪しき権力者と呼ぶ事も出来る。

自国の中に差別的な階級を作った者は、他国との優劣にも拘りを持つ事になるだろう。

かくして自国人の利益を守る!は大義名分になる。私欲を国益とすり替え、国民の為と言ってはばからない。

国民が他国からの侵略など差別的な扱いを受ける事を阻止する為、国の誇り、国民の家族を守る為には、戦争も辞さないとなる。

それが個人の尊厳を奪い、家族を守る事から遠ざける事になるとしても、大義としてしまう。

これは優位性を希求する人達の病理とも言えないか?

優劣を測る根拠は、自分に有利なルール作りから始まる。money主導の世界は、大航海時代から始まったとも考えられる。どの集団が最も有利にゲームを始めたかが分かる。

ゲームに巻き込まれた国は、相手のルールに従って参加を余儀なくさせられる。

今ある格差の正体は、権力者の優位性を競うゲームに巻き込まれた結果だとも言える。

権力者は、配下に妥当な身分を与える。

同国民の中での階級上位と、差別の権利を与え、上手く飼い慣らす。

平和と言う同じ目的を果たすにしても、上からでは駄目な理由は、それが常に、彼らの優位性のゲームに使われるからだ。

平和があるとすれば、個々が直接顔を合わせ、お互い守る物がある事を知る事から始まる。

ルールは1つだけだ。相手の大切な人、物を奪わない!それだけだ。

知り合う機会を作ろう!それが、大久保セプコンの趣旨のつもり。

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うめちゃんラジオ

www.facebook.com/AngInyongRadio/

セプコンでもお馴染み うめちゃん が、タガログ語・英語で、お届けしているネットラジオ。日本語DJコーナーも始まります。シンガーソングライター・バンドの皆さん。

うめちゃん企画に乗っかって、世界に紹介して貰いませんか!

okubo sep con 2018 その2

okubosepcon2セプコン出演者について・・音楽をやっている目的はそれぞれ違って良いわけですが、例えばセプコンを例に取ると、その趣旨みたいな物があり、それは、ただ楽しく盛り上がればOK!ってわけでも無いと思うのです。

当初は出演者を幅広く求めたので、新人アーーティストが、プロモーションの為、複数の会場をハシゴしたり、単にお客さんがいる場所で演奏したいだけ、極めて非協力的な人達も居ました。

楽団側のミュージシャンはスタッフと演奏を兼ねている人も含め大忙し・・そんな中、決められた演奏時間を越える等、協力的じゃ無い出演者も目立ちました。
他の出演者やスタッフを思いやる事の出来ない主演者は「平和」の意味を考えてみた事があっただろうか・・とも思うのです。

大久保でのセプコンは共存の試みでもあり、一先ず自分が発信したらそれで、終わり!では無いのです。取り立ててスターも必要無くスタッフもお客さんも含め、皆、等価です。

ついでに言うなら音楽だけで世界が平和になるなら、とっくになっている!と言っておきたいのです。封鎖的な空間で盛り上がれば世の中が平和になるのだったらとっくになっている!のです。では、何が不足なのか? 答え探す気のある人を求めます。

会場であるロディクラブは、出演者も私も含め、一人あたり1000円のスナック&drinkのセットを注文すると言う条件で、12時から18時をお借りしています。勿論、追加で色々注文してくれた方がお店は喜んでくれるし次回に繋がると思います。出演者については、随時、追記していきます。

ナマステバンド30周年イベント

ナマステ30周年ポスター

今度の日曜はこれ・・ナマステバンド30周年イベント。結成当時、ネパールの民主化やカーストを越えた国作りをテーマに活動していた。https://www.youtube.com/watch?v=GOD8YERxCyo&t=466s日本人との結婚を機に日本での活動やネパールミュージシャンのプロデュースなど活動に活発をしてきた。んでこれを機にボチボチ拠点をネパールに戻すらしい。そのセレモニー&ナマステバンド30周年イベントって事らしい。年に数度は日本に来る・と言うお話。

ネパールは一度しか行った事が無いが、色んな事を教えてくれた国。イソル氏もこの30年で表向き大きく変わったし、その事もまた色んな事を教えてくれる。善し悪しは別の問題として・・まあ何回かは衝突もしたけど良い友人なのだ。

なので?お祝いに駆けつけます。イベントのオープニングかな・・箏のがんちゃんと和風で出演です。

 

2月24日土曜日19時半から 「夜のはらっぱ」 <ドレミの前の音楽体験>

鍼灸の治療院/太極拳の道場である蓬治療所で毎月開催される「夜のハラッパ」
毎回ゲストを招き、ライブだったり、お話だったり、句会だったり・・なんですが。
今回は私がゲスト?ホスト?・・です。

演奏は以前にもやった事がありますので、今回は「ドレミの前の音楽」
と言うお題で、音楽について語りつつ遊びます。
日頃からご近所には、あらゆるジャンルで持論をぶちまけるので、鬱陶しい存在に
なりつつあるらしい・・と言う噂もありますが、めげずにやります。

聴く側から演奏する側になってもらう分けですが、特に音階だとか技術などは
必要ありません。 ミュージシャンも勿論歓迎。

まあ、クダラナイかも知れないし、意外な発見があるかも知れません。
屁理屈は、こちらから→

永田シェフの特別料理付き。チャージ無し。寄付大歓迎!酒・つまみ等、持ち寄り制。

大久保駅、徒歩一分 http://okubohou.com/   

19時30分頃から誰も居なくなるまで・・解説は以下に・・

続きを読む: 2月24日土曜日19時半から 「夜のはらっぱ」 <ドレミの前の音楽体験>

「祈りの音冬の音」無事終了。ありがとうございました。

寒い中、足を運んで下さった皆さんに、まずは感謝です。本当にありがとうございました。

ゲスト参加に応じてくれた照代さん・古屋さん、

準備期間の不十分な中、コーラスで参加してくれた、
まゆみちゃん・よねやま・絵里チャン・マイミーさん・マリさん・ミシェリン・大田さん・
栗田さん・増田さん・青木さん・大田さん達を紹介してくれた詩子先生、
ありがとうございました。

シリーズのチラシデザインを引き受けてくれたジン君、ご厚意で色々とお力添えしてくれる
ルーテルの石井さん、毎度、音響/鳴海さん・増田さん・
あらゆるお手伝い/永田君・小西君・まやさん・智ちゃん
もえちゃん・んでハスキーさん・・毎度の事ながらお付き合いありがとうございました。

んでレギュラー出演者/がんちゃん・塩高さん・松尾さん・ブンブン。
大勢の皆さんにお付き合い頂いて幸せ者でございます。

コンサートイベントを作る中で、単に自己満足で終わっていなく、
皆さんが各、何かしら持ち帰ってくれていたら、また、新しい繋がりが生まれていたら
・・嬉しいよなぁ・・

131のリハしました。

本番まで残すところあと1週間。今回は、参加人数も多いので、色々と不備が無いよう気を付けているつもりでも、なかなかそうは行きません。

それでも、こうやってリハに来てくれて、一緒に作り上げて行く仲間がいてくれる事に感謝するほかありません。

今回は、思った以上にアイヌに寄ったステージになりそうです。アイヌを学び、アイヌに学ぶ事が、自分にとって必要だと感じて作品作りを始めたわけですが、アイヌでありながらアイヌを学ぶ照代さんとの交流に、この時代のアイヌ、その現実の側面を見ながら様々な思いがこみ上げて来るわけです。今回、一緒にステージを作る人達は、私の学びのツアーバスに同乗してくれた仲間で、現代のアイヌの世界観に少しだとしても触れる事になります。アイヌを知らない自分達の中に、アイヌと同じように生きたかも知れない遙か昔の記憶が、僅かばかりでもあり、それが共振したら、それは素晴らしい事じゃないかと思うのです。

いずれにせよ、今回は、複雑な事情、様々な立場、解釈、少なからず誤解なども生まれるのかな・・と言う不安と背中合わせの企画です。でも、まあ、それをお恐れたら何も出来ないかな。と思う次第。

一緒にステージを作ってくれる皆さんに、何かしら個々、役に立つ物を持ち帰ってもらえたら、それだけでも企画した甲斐があるってもんだよな~。勿論、お客さんにとっても、そうであって欲しいわけですが・・・