ついていけない感・・

小さな畑を耕し、作物を売ることで成り立った生活は一変する。市場価格が下落、原因は供給過多。当然、収入は半減する。

セールスマンがやってくる。商品は、広い土地と最新の農機具。生き残りをかけ、機械化し効率的な量産をし、競争力を付ける応援したい、とそう言う。ローンの支払いが終われば、利益は増大する見込みだった。しかし、更に市場価格は下落、再び設備投資を迫られる。固定費の増大に伴い当然ハイリスクになる。

別のセールスマンは、このことを指摘ていた。彼は、他者の作物との差別化によっての競争力強化を提案する。所謂ブランド化、規模は変えず、商品に付加価値を付け、一般的な商品より高い単価を付ける作戦だ。専門家・権威・著名人のお墨付き・最近では、所謂サクラを使った口コミ。いずれも、ネット上での注目度を著しく上げる事が出来る。当然、支払額に相当する・・。結局、支払い能力・借り入れしてでもコストを払う覚悟を強いられる。

多くの場合、このセールスマンの企業が利を得る。・・が、それも長くは続かない。彼らもまた、競合し、サービス合戦を繰り返し消えて行くだろうから。

常に薄情で、目先しか考えない消費者だけが、農民より、セールスマンより少し長い間、生き延びる。この農民もセールスマンも・・

悲しい事に、この私も馬鹿な消費者の一人ではある。

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昨今、音楽活動も、プロモーションビデオを制作するのが、常識化してきているのか、
ビデオ制作サービスの会社も増えているようです。更には、youtubeなどのアクセス数を支払い額によって保証するサービス・・どう言う仕組みなんでしょうか?
もはやネット上に溢れる情報の中に埋もれない対策は必須らしく、その為にコストを払う事も常識化している様です。仮にコストを払いアクセスが増えたとしても回収の保証は無いので、どこか博打的にガックリきている人も居るだろう気もします。自分のスタジオ経営も音楽制作も、認知度を上げる為の努力があまりに不足し、競争に着いて行けない事に焦りを感じつつ、正直、強い嫌悪を感じます。

広告

望まない

あらばき印刷のおばちゃん・・昔はチラシなどの印刷も請け負ったが、ネット上に格安の印刷屋は犇めいている。なので、かなり細かい注文に応えられる本の印刷・製本を中心に頑張る方向。

商店街の崩壊も農業の衰退も、みんな同じ図式。個人として向き合う責任を伴う濃い人間関係は捨てられ、人は殆どの責任を金を支払う事で他者に依存して生活している。ネットなどの発達で世界が狭くなった気がする一方、個々は日増しに遠ざかって行く。

政治家とか大企業、ああいった人達に期待するのは間違いだと思う。彼らは人を殺す権利を含め権力と資産を合法化する事に躍起だ。

金を支払う事で全ての責任を果たせる世界を私は望まない。交通事故で人を殺しても保険に入っていれば、遺族にも会わず責任を取れる・・そういう法律って良いのか? 信用とは所得・資産?それで良いのだろうか?

自給自足は一人では無理だとしたら、それを賄えるコミュニティーの作り方を学ぶべきじゃなかろうか。即ち政治や外交、福祉の自給自足でもある。大概の事は金を払えば誰かがやってくれる。その分、失った事も多い筈だが、何せ喰って行くために精一杯。それを満たしたら差別化に邁進するのが今の時代の幸福なのか。私は望まない。政治家を避難するだけで無く、そもそもそこに依存仕切っている事と、小さく同じ事をしている自らを省みるべきじゃないのか・・偉そう? まあ良いじゃん・・・本音なんだから。

 

叔母茶台湾

すれ違う世代3

先日のブログ・・世代のデバイドについて色んな意見を頂き、その一つ、我々世代も若い世代の音楽を聴き理解する姿勢が無いのではないか・・と言うご意見・・・確かに・・まあオジサン達は自分達が若かった頃の音楽の方が数段優れている!!そう思い込んでいるふしはありますな。

テレビや街角で流れている音楽に「おっ!」って思う曲が無いなあ・・・は、こちらの感受性が鈍ってしまったって事なのかな・・と思う事も時々あります。

いずれにせよ、かつての曲を楽しむばかりではなく、現在進行形で「流行している物より良い!」と言い切れる何かを作り出す努力も忘れちゃいけないのかも知れません。その上で若者に問う場面を作んなきゃ!ですかね。

思えば、自分は若い頃、かつて手に入れた物を誇らしげに掲げる中年を嫌っていましたっけ。
・・・がんばろ。

 

 

 

 

すれ違う世代2

私が20歳の頃、60代のアマチュアミュージシャンは、殆ど居なかったのではなかろうか。現在、同世代のアマチュアミュージシャンは、潜伏組を含めると物凄い数になるんじゃなかろうか。勿論、年々減少する一方ではあるのだけれど。

邦楽やクラッシックなど習い事として楽器に親しむ人は、ある程度生活にゆとりのある家庭に育った人になる。箏・三味線・尺八・ピアノ・バイオリン・・どれをとっても楽器が高いのだ。

60年代にエレキブームがあったが、これもそこそこ金のかかる趣味だったと思われる。70年代、フォークブームの到来で、初めて貧乏学生?でも楽器を手に出来た。しかも楽典的な知識も必要無かったので、先生に習う音楽とは、全く別の展開を見せた。

以前、戦後のジャズ界の重鎮と話した際、「70年代に素人の音楽が流行った為に仕事が減った・・」彼がそうボヤいたのは、この事だ。

60年代グループサウンズブームの頃も楽曲は、それなりに教育を受けた作家達が作っていた。フォークブームは、正に音楽教育と関係無いところで成立し、音楽の裾野を一気に広げたとも言える。

んで、その世代・・もはや70歳オーバーである。それに感化された同世代から20歳程度下の世代が、彼らの生活を支えた。この方達は未だ健在。フォーク居酒屋を支えているのも、この世代の皆さん。

定年なり生活のゆとりなどがあれば、若い頃に立ち返り懐かしい歌を歌いたくもなる。或いは、当時手に入れた楽器を引っ張り出す余裕も生まれたのかも知れない。なので巷のライブバーは、その世代で埋め尽くされる・・しばらくは。

このブログを見る10代20代は、殆ど居ない様な気がするが、音楽、楽器を通して世代間の交流が可能な時代であるとも言える。少なくとも私が20代の頃に比べたら。

最近、ライブハウスオーナーから聞いた話しでは、若い人達のバンドは減少傾向にあるらしい。彼の話では、娯楽の多様化、音楽スタイルの多様化、協調性の欠落・・色々と要因があるらしい。

オジさん達は、何故ここまでギターやバンドにはまったのか?健康の話ばかりしながらも、ライブをやりたがるのか・・その魅力を、若い世代・・まあ息子や孫世代に伝える機会を作りたい物だよなァ・・と思うのでした。

すれ違う世代

ライブの現場に出かけると20代の姿は殆ど無く、同世代から上の人達ばかりが目に付く。当然、出かけるライブの種類や場所のせいもある。

これはスタジオにとっても大きな問題。高齢化したコミュニティーは滅びるのを待つばかりなのか・・

振り返れば、20歳の頃は、10年上の人達は十分オジサンだったし、更に上の人達は、完全に住む世界の違う人々だった。当初の現場に、当然、年下は、居なかった。殆どが、10歳から一回りは年上だ。

戦後間もない1950年代から、日本のポピュラーミュージックはラジオやテレビの進化と共に凄い勢いでアメリカ風になって行く。それを担ったのは、山下敬二郎・ミッキーカーティス・平尾昌晃・1937~9年生まれ、など日劇ウエスタンカーニバルの人達。ほぼ20歳年上。シャボン玉ホリデー、ハナ肇に至っては30年生まれだから30歳近く年上・・父親に近い世代。

中学生の頃、直に影響を受けたジェフベック、ジョーコッカーは44年生まれミックジャガー43年、ジョンマクラフリン・ポールマッカートニーは42年ジョンレノンは40年。多感で直接的に影響を受け易い世代が14から18歳くらいと考えると、若い世代に影響力を持つのは、せいぜい20代後半から30代前半と言う事になりそう。

自分世代は、昔のオジサン達に比べ、ずっと偉そうじゃなく親しみ易くなっているはず・・・昔の自慢話しか出来ない程愚かじゃないはず・・そう思うのは自らが分かって無いだけなのか・・

さて・・オジさん達はこれからどうしよう?同世代の共感と慰めの為にだけ音楽をやる・・
いや特に文句は無いけど・・「なんだかなァ~!!」である。

山を変えたら海も変わる

http://kamogawa-ms.chu.jp/kainokatsudou/

先月「祈りの音 冬の音」と題して、自然と人の関わりを現すコンサートをやりました。

音楽だけじゃ中々伝わらないものですが、自然と人・土地と人・所有の根拠などを考える上で、アイヌの人々の現状、明治以降150年の姿から、すっかり日本人である私自身、学ぶべき事が多かったと思います。

そんな中、地元、鴨川でちょっとした騒動が起こっています。メガソーラー・・東京ドーム66個分?良く分からないけど・・海は駄目になる可能性が高いです。

 

アイヌ、自然、生き物を神と捉える人々をテーマにしたばかりなので、特に気になります。

地元、鴨川に大山不動尊と言う寺があります。江戸時代の名工作の竜の木彫もあり、歴史的な価値があるそうですが、その保存状態は危機的な状況。これを何かしらの形で保存する為に、尽力している人達がいるのですが・・

寺の歴史は、奈良の大仏の建立と関係があると思われる物で、<鉱物資源を集める為の拠点>
結果的に、支配の歴史を刻む物であった場合、地元の人がその保存を望むとしたら、理由は2つの内のいずれか、要するに負の遺産として今後に役立てるか、観光資源として歴史を肯定的に捉えるか・・

この際、負の遺産としての意味で、不動尊が立ち上がるのが、面白い・・そう思うのです。
単なる遺産では無く、生きた寺として機能する事になるなんて面白い。

 

 

 

 

第四弾 アイヌ・音楽その1

1月31日に控えたコンサートの為に書き始めたブログ第四弾です。今回は、少し音楽に寄せてみました。

アイヌの音楽と一言で言うのも乱暴ですが、大概のエスニック音楽が、その言語のイントネーションに由来するか大きな影響を受けながら発展した事を思うわけですが、アイヌのそれは、今ある音源から知る限り、言葉と相まってシンプル且つ美しくもあります。

昭和22年NHKが記録したダイレクトカットのレコード100枚が見つかった・・と言うドキュメンタリーがありますが、かしこまると節を付け祝詞の様に節を付けて語るアイヌについて触れています。http://www.dailymotion.com/video/x533f4u

即興ですから、楽譜を残す必要がありません。これは文字を持たない文化とどこか繋がりがあると思われます。日本の古い音楽、歌詠みと近いか同じ類いの物で、伴奏を伴わない即興歌のような物です。

以前blogで触れたかも知れませんが、楽譜は11世紀頃のイタリアの発明とされています。
中国では更に古い歴史がありそうですが・・

いずれにせよ、リズムや装飾音の付け方や音の揺らぎなど、微妙な違いが、民族、地域、或いは個人ごとに存在し、何かしら意味を持っています。

意味とは、概念的な物ではなく、文字どころか言葉で表現する事も困難で、やっかいな事に、揺らぎ続けます。言葉は、その意味の周辺を彷徨うだけで、決して意味の中心には届きません。まるで、楽譜がそうであるように。

音楽は基本的に、安定と不安定の組み合わせとも言えます。
言葉の意味が理解出来る世界では、言葉その物が安定と不安定を生み出してしまいます。

言葉の無い音楽的な要素が加わる事で、双方が矛盾を起こすことも少なくありません。
近代においては、むしろそう言ったケースの方が多いかも知れません。
安易な洋楽導入の害?なのかも・・・

アイヌの言葉の意味が分からなくてもは、言葉と節の生み出す独特な響きが、十分音楽に聞こえて興味深いものです。