すれ違う世代2

私が20歳の頃、60代のアマチュアミュージシャンは、殆ど居なかったのではなかろうか。現在、同世代のアマチュアミュージシャンは、潜伏組を含めると物凄い数になるんじゃなかろうか。勿論、年々減少する一方ではあるのだけれど。

邦楽やクラッシックなど習い事として楽器に親しむ人は、ある程度生活にゆとりのある家庭に育った人になる。箏・三味線・尺八・ピアノ・バイオリン・・どれをとっても楽器が高いのだ。

60年代にエレキブームがあったが、これもそこそこ金のかかる趣味だったと思われる。70年代、フォークブームの到来で、初めて貧乏学生?でも楽器を手に出来た。しかも楽典的な知識も必要無かったので、先生に習う音楽とは、全く別の展開を見せた。

以前、戦後のジャズ界の重鎮と話した際、「70年代に素人の音楽が流行った為に仕事が減った・・」彼がそうボヤいたのは、この事だ。

60年代グループサウンズブームの頃も楽曲は、それなりに教育を受けた作家達が作っていた。フォークブームは、正に音楽教育と関係無いところで成立し、音楽の裾野を一気に広げたとも言える。

んで、その世代・・もはや70歳オーバーである。それに感化された同世代から20歳程度下の世代が、彼らの生活を支えた。この方達は未だ健在。フォーク居酒屋を支えているのも、この世代の皆さん。

定年なり生活のゆとりなどがあれば、若い頃に立ち返り懐かしい歌を歌いたくもなる。或いは、当時手に入れた楽器を引っ張り出す余裕も生まれたのかも知れない。なので巷のライブバーは、その世代で埋め尽くされる・・しばらくは。

このブログを見る10代20代は、殆ど居ない様な気がするが、音楽、楽器を通して世代間の交流が可能な時代であるとも言える。少なくとも私が20代の頃に比べたら。

最近、ライブハウスオーナーから聞いた話しでは、若い人達のバンドは減少傾向にあるらしい。彼の話では、娯楽の多様化、音楽スタイルの多様化、協調性の欠落・・色々と要因があるらしい。

オジさん達は、何故ここまでギターやバンドにはまったのか?健康の話ばかりしながらも、ライブをやりたがるのか・・その魅力を、若い世代・・まあ息子や孫世代に伝える機会を作りたい物だよなァ・・と思うのでした。

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すれ違う世代

ライブの現場に出かけると20代の姿は殆ど無く、同世代から上の人達ばかりが目に付く。当然、出かけるライブの種類や場所のせいもある。

これはスタジオにとっても大きな問題。高齢化したコミュニティーは滅びるのを待つばかりなのか・・

振り返れば、20歳の頃は、10年上の人達は十分オジサンだったし、更に上の人達は、完全に住む世界の違う人々だった。当初の現場に、当然、年下は、居なかった。殆どが、10歳から一回りは年上だ。

戦後間もない1950年代から、日本のポピュラーミュージックはラジオやテレビの進化と共に凄い勢いでアメリカ風になって行く。それを担ったのは、山下敬二郎・ミッキーカーティス・平尾昌晃・1937~9年生まれ、など日劇ウエスタンカーニバルの人達。ほぼ20歳年上。シャボン玉ホリデー、ハナ肇に至っては30年生まれだから30歳近く年上・・父親に近い世代。

中学生の頃、直に影響を受けたジェフベック、ジョーコッカーは44年生まれミックジャガー43年、ジョンマクラフリン・ポールマッカートニーは42年ジョンレノンは40年。多感で直接的に影響を受け易い世代が14から18歳くらいと考えると、若い世代に影響力を持つのは、せいぜい20代後半から30代前半と言う事になりそう。

自分世代は、昔のオジサン達に比べ、ずっと偉そうじゃなく親しみ易くなっているはず・・・昔の自慢話しか出来ない程愚かじゃないはず・・そう思うのは自らが分かって無いだけなのか・・

さて・・オジさん達はこれからどうしよう?同世代の共感と慰めの為にだけ音楽をやる・・
いや特に文句は無いけど・・「なんだかなァ~!!」である。

山を変えたら海も変わる

http://kamogawa-ms.chu.jp/kainokatsudou/

先月「祈りの音 冬の音」と題して、自然と人の関わりを現すコンサートをやりました。

音楽だけじゃ中々伝わらないものですが、自然と人・土地と人・所有の根拠などを考える上で、アイヌの人々の現状、明治以降150年の姿から、すっかり日本人である私自身、学ぶべき事が多かったと思います。

そんな中、地元、鴨川でちょっとした騒動が起こっています。メガソーラー・・東京ドーム66個分?良く分からないけど・・海は駄目になる可能性が高いです。

 

アイヌ、自然、生き物を神と捉える人々をテーマにしたばかりなので、特に気になります。

地元、鴨川に大山不動尊と言う寺があります。江戸時代の名工作の竜の木彫もあり、歴史的な価値があるそうですが、その保存状態は危機的な状況。これを何かしらの形で保存する為に、尽力している人達がいるのですが・・

寺の歴史は、奈良の大仏の建立と関係があると思われる物で、<鉱物資源を集める為の拠点>
結果的に、支配の歴史を刻む物であった場合、地元の人がその保存を望むとしたら、理由は2つの内のいずれか、要するに負の遺産として今後に役立てるか、観光資源として歴史を肯定的に捉えるか・・

この際、負の遺産としての意味で、不動尊が立ち上がるのが、面白い・・そう思うのです。
単なる遺産では無く、生きた寺として機能する事になるなんて面白い。

 

 

 

 

2月24日土曜日19時半から 「夜のはらっぱ」 <ドレミの前の音楽体験>

鍼灸の治療院/太極拳の道場である蓬治療所で毎月開催される「夜のハラッパ」
毎回ゲストを招き、ライブだったり、お話だったり、句会だったり・・なんですが。
今回は私がゲスト?ホスト?・・です。

演奏は以前にもやった事がありますので、今回は「ドレミの前の音楽」
と言うお題で、音楽について語りつつ遊びます。
日頃からご近所には、あらゆるジャンルで持論をぶちまけるので、鬱陶しい存在に
なりつつあるらしい・・と言う噂もありますが、めげずにやります。

聴く側から演奏する側になってもらう分けですが、特に音階だとか技術などは
必要ありません。 ミュージシャンも勿論歓迎。

まあ、クダラナイかも知れないし、意外な発見があるかも知れません。
屁理屈は、こちらから→

永田シェフの特別料理付き。チャージ無し。寄付大歓迎!酒・つまみ等、持ち寄り制。

大久保駅、徒歩一分 http://okubohou.com/   

19時30分頃から誰も居なくなるまで・・解説は以下に・・

続きを読む: 2月24日土曜日19時半から 「夜のはらっぱ」 <ドレミの前の音楽体験>

レコーディング・・など

 

 

<よねやまたかこ>のレコーディングでした。まあ常連さんと言うか仲間内です。
ゲストはオーボエの松谷みよ子さん。

立派な設備も機材も無いのですが、アーティストと相談しながらコツコツ作るスタイル。
本日は、ギター・仮歌・オーボエ・本番歌・仮MIXで、およそ3時間。予算は一万程です。

伝えたいのは何なのか?やりたい事は何なのか?探りながら作品作りをお手伝いします。
仮にも商品・・その為のクオリティーは勿論考えますが、それは使う機材だけじゃなく、
楽曲、演奏含め作品その物のクオリティー。大きなお世話も含め話し合いながら進めます。

スタジオのひととき・・

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今、大久保に来ている外国人の中で最も多いのはベトナム人かネパール人・・たぶん。
日本に来れば稼げる・・そうだけど、その仕組みってこれで良いのか?
誰も、その辺りを口にしたがらない。なんか不愉快だ。

ネパールの人達は酒と音楽が大好きで優しい人が多い。
資源と言えば、人、昔から、今もだけど、兵隊の人材派遣が有名。
昔は日本人とも殺し合った。なんの恨みもなく金の為。そんなの楽しくはなさそうだ。
しかも当時、英国の若者一人の命の値段の数十分の一・・なのに彼らにはありがたい。良いのかその仕組み。

今は、日本の企業に勤めたいとか、稼いで帰りたいとか・・それなりに夢?を持ってやってくる。でも彼らが皆、地元に留まる人より幸福だとは限らない。

RhisiもPunも、ある意味、素朴な人。毎日長い時間、家族の為に働く。
本国より何倍も稼げたとしても、搾取搾取の後にやっと。
「今日は音楽が出来るね!」スタジオに顔を出すのを楽しみにしている。
子供の様な顔で見つめられると、複雑な気分になるけど、
ぼちぼち3人の作品作りを始めてます。

「祈りの音冬の音」無事終了。ありがとうございました。

寒い中、足を運んで下さった皆さんに、まずは感謝です。本当にありがとうございました。

ゲスト参加に応じてくれた照代さん・古屋さん、

準備期間の不十分な中、コーラスで参加してくれた、
まゆみちゃん・よねやま・絵里チャン・マイミーさん・マリさん・ミシェリン・大田さん・
栗田さん・増田さん・青木さん・大田さん達を紹介してくれた詩子先生、
ありがとうございました。

シリーズのチラシデザインを引き受けてくれたジン君、ご厚意で色々とお力添えしてくれる
ルーテルの石井さん、毎度、音響/鳴海さん・増田さん・
あらゆるお手伝い/永田君・小西君・まやさん・智ちゃん
もえちゃん・んでハスキーさん・・毎度の事ながらお付き合いありがとうございました。

んでレギュラー出演者/がんちゃん・塩高さん・松尾さん・ブンブン。
大勢の皆さんにお付き合い頂いて幸せ者でございます。

コンサートイベントを作る中で、単に自己満足で終わっていなく、
皆さんが各、何かしら持ち帰ってくれていたら、また、新しい繋がりが生まれていたら
・・嬉しいよなぁ・・