スタジオのひととき・・

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今、大久保に来ている外国人の中で最も多いのはベトナム人かネパール人・・たぶん。
日本に来れば稼げる・・そうだけど、その仕組みってこれで良いのか?
誰も、その辺りを口にしたがらない。なんか不愉快だ。

ネパールの人達は酒と音楽が大好きで優しい人が多い。
資源と言えば、人、昔から、今もだけど、兵隊の人材派遣が有名。
昔は日本人とも殺し合った。なんの恨みもなく金の為。そんなの楽しくはなさそうだ。
しかも当時、英国の若者一人の命の値段の数十分の一・・なのに彼らにはありがたい。良いのかその仕組み。

今は、日本の企業に勤めたいとか、稼いで帰りたいとか・・それなりに夢?を持ってやってくる。でも彼らが皆、地元に留まる人より幸福だとは限らない。

RhisiもPunも、ある意味、素朴な人。毎日長い時間、家族の為に働く。
本国より何倍も稼げたとしても、搾取搾取の後にやっと。
「今日は音楽が出来るね!」スタジオに顔を出すのを楽しみにしている。
子供の様な顔で見つめられると、複雑な気分になるけど、
ぼちぼち3人の作品作りを始めてます。

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「祈りの音冬の音」無事終了。ありがとうございました。

寒い中、足を運んで下さった皆さんに、まずは感謝です。本当にありがとうございました。

ゲスト参加に応じてくれた照代さん・古屋さん、

準備期間の不十分な中、コーラスで参加してくれた、
まゆみちゃん・よねやま・絵里チャン・マイミーさん・マリさん・ミシェリン・大田さん・
栗田さん・増田さん・青木さん・大田さん達を紹介してくれた詩子先生、
ありがとうございました。

シリーズのチラシデザインを引き受けてくれたジン君、ご厚意で色々とお力添えしてくれる
ルーテルの石井さん、毎度、音響/鳴海さん・増田さん・
あらゆるお手伝い/永田君・小西君・まやさん・智ちゃん
もえちゃん・んでハスキーさん・・毎度の事ながらお付き合いありがとうございました。

んでレギュラー出演者/がんちゃん・塩高さん・松尾さん・ブンブン。
大勢の皆さんにお付き合い頂いて幸せ者でございます。

コンサートイベントを作る中で、単に自己満足で終わっていなく、
皆さんが各、何かしら持ち帰ってくれていたら、また、新しい繋がりが生まれていたら
・・嬉しいよなぁ・・

131のリハしました。

本番まで残すところあと1週間。今回は、参加人数も多いので、色々と不備が無いよう気を付けているつもりでも、なかなかそうは行きません。

それでも、こうやってリハに来てくれて、一緒に作り上げて行く仲間がいてくれる事に感謝するほかありません。

今回は、思った以上にアイヌに寄ったステージになりそうです。アイヌを学び、アイヌに学ぶ事が、自分にとって必要だと感じて作品作りを始めたわけですが、アイヌでありながらアイヌを学ぶ照代さんとの交流に、この時代のアイヌ、その現実の側面を見ながら様々な思いがこみ上げて来るわけです。今回、一緒にステージを作る人達は、私の学びのツアーバスに同乗してくれた仲間で、現代のアイヌの世界観に少しだとしても触れる事になります。アイヌを知らない自分達の中に、アイヌと同じように生きたかも知れない遙か昔の記憶が、僅かばかりでもあり、それが共振したら、それは素晴らしい事じゃないかと思うのです。

いずれにせよ、今回は、複雑な事情、様々な立場、解釈、少なからず誤解なども生まれるのかな・・と言う不安と背中合わせの企画です。でも、まあ、それをお恐れたら何も出来ないかな。と思う次第。

一緒にステージを作ってくれる皆さんに、何かしら個々、役に立つ物を持ち帰ってもらえたら、それだけでも企画した甲斐があるってもんだよな~。勿論、お客さんにとっても、そうであって欲しいわけですが・・・

nepalっこやら・・

 

久々ネパールの若者達。平日は学校に行きバイト、土日は、勿論バイト。
日本での就職を目指しているけど、なかなか簡単には行かない様子。

バンドも皆の休みを合わせるのが大変。何年か日本に居て日本語を学んでも
日本人の知人は殆ど無し。大久保多国籍エリアでも他の国の人と出会うのも
学校かバイト先くらい・・何とか出来ないのかと思うので地味にイベントなど
やっている分けです。

 

 

 

131冬の音 コーラス初リハ

31日のコーラスリハ第一弾。

ご近所音楽教室の詩子先生がお仲間、芸大声楽科の大田さんを紹介してくれました。
んで、大田さんの紹介で、本日はお二人、栗田実幸さん 増田茜さんがリハに参加してくれました。平均年齢20未満!凄いのは、そこじゃないけどね・・
そして、ベテラン矢指まゆみさんは、ずっと前からのお付き合い。プロの歌のお姉さんです。
まあ、あっさりリハ終了。

時間差で登場、ミシェリンと絵里ちゃん、こちらはワイワイガヤガヤ楽しくリハ。
その後、ルンルアンへ。3月には再びオープンマイクを開催するべく打ち合わせ。

とりあえず、皆さんのご協力のお陰で、頭に描いた物が実現に近づく快感を覚えつつ
ギターをするかやら、本当にチェロを弾くか・・など考え中です。

 

第四弾 アイヌ・音楽その1

1月31日に控えたコンサートの為に書き始めたブログ第四弾です。今回は、少し音楽に寄せてみました。

アイヌの音楽と一言で言うのも乱暴ですが、大概のエスニック音楽が、その言語のイントネーションに由来するか大きな影響を受けながら発展した事を思うわけですが、アイヌのそれは、今ある音源から知る限り、言葉と相まってシンプル且つ美しくもあります。

昭和22年NHKが記録したダイレクトカットのレコード100枚が見つかった・・と言うドキュメンタリーがありますが、かしこまると節を付け祝詞の様に節を付けて語るアイヌについて触れています。http://www.dailymotion.com/video/x533f4u

即興ですから、楽譜を残す必要がありません。これは文字を持たない文化とどこか繋がりがあると思われます。日本の古い音楽、歌詠みと近いか同じ類いの物で、伴奏を伴わない即興歌のような物です。

以前blogで触れたかも知れませんが、楽譜は11世紀頃のイタリアの発明とされています。
中国では更に古い歴史がありそうですが・・

いずれにせよ、リズムや装飾音の付け方や音の揺らぎなど、微妙な違いが、民族、地域、或いは個人ごとに存在し、何かしら意味を持っています。

意味とは、概念的な物ではなく、文字どころか言葉で表現する事も困難で、やっかいな事に、揺らぎ続けます。言葉は、その意味の周辺を彷徨うだけで、決して意味の中心には届きません。まるで、楽譜がそうであるように。

音楽は基本的に、安定と不安定の組み合わせとも言えます。
言葉の意味が理解出来る世界では、言葉その物が安定と不安定を生み出してしまいます。

言葉の無い音楽的な要素が加わる事で、双方が矛盾を起こすことも少なくありません。
近代においては、むしろそう言ったケースの方が多いかも知れません。
安易な洋楽導入の害?なのかも・・・

アイヌの言葉の意味が分からなくてもは、言葉と節の生み出す独特な響きが、十分音楽に聞こえて興味深いものです。

言語・ 名・文字・声・音 アイヌ 

 

その昔、音楽的な興味からアイルランドを旅しました。

道路標識には、ゲール語の文字、その下に小さく英語表記・・
たまたま泊まったB&Bの主は、「妻はゲール語が話せるし子供達は学校で習っている。
私はゲール語を話せないから、妻と子供が内緒話を堂々としているんだ・・」
と冗談まじりに話していました。

支配しようとする側は、名前を奪い、それを取り戻す事が支配された側の誇りを取り戻す事になるのか・・かつて日本軍も海外で日本語を強要したよな・・そんな風に思いました。
でも国内でも、そうだった事に思いは至りませんでした。

アメリカと言う名前は、スペインだったか西洋の人の名前由来です。
西洋が新大陸と呼んだ場所は、そこに住む人にとって、全く新大陸ではないしアメリカと言う呼称も後付けに過ぎません。

北海道の地名、そもそも北海道と言う呼び名・・古くは蝦夷地ですが、いずれも日本人の呼び方、アイヌは「アイヌ・モシリ」「人間」の「静かなる大地」と呼んだそうです。

現北海道の地名の8割はアイヌ語に由来するそうですが、アイヌが文字を持たない為、
音に対して無理矢理、表意文字を当てた結果、本来の意味とは全く関係のない印象を作る事になったようです。アイヌの地名は、その土地の特徴を現す名前になっており、極めて有用性の高い情報を持っていたと考えられます。

例として、札幌(乾いた大きな川を意味するサッ・ポロ・ペツ)・稚内(冷たい飲み水の川を意味するヤム・ワッカ・ナイ)しかしまあ、全く違った印象になり、意味不明な名前になった事に疑いの余地はありません。

一部、アイヌ語の音ではなく、意味から名付けられた地名もあるようです。
大沼などは、大きいポロ&沼トの意味を漢字で表し、発音は全く別になったようです。

ひどい話・・と思うのですが・・

実際に明治政府は、アイヌの生きた土地を国有とし、狩猟権、独自の言語を奪ったわけです。
同化政策と呼ばれますが、地名のみならず、アイヌ達にも日本語の名前を強要します。

100年以上経過した今日、もはや、アイヌ語だけで生活出来る場所は、どこにも無いと思います。