レコーディングのお誘い

スタジオMでも地味にレコーディングのお手伝いをしています。

宅録も容易になったとは言え機材やらソフトやら時間とお金がかかります。それより気軽に!

ご希望によりアレンジや演奏アドバイスなどにも応じます。気軽に相談して下さい。

01 よねやまたかこ 「プロローグ」から明けの空

02 TOYOU 「LIFE 」から週末のラブソング

03 柴田敬    イルミネーション

04 国友やすゆき 「幸せの時間」から ぐーたら

05 沢崎一     綱引き応援歌 

06 網本勝敏    「なかよし」から妖精

07 会津里花   「薄暮と薄明の歌」から雪柳

08 蓬ばんど   「町田の唄」からあやめ

09 リリィ    「三粒」から東京電車の音

10 平和の凧

11 内藤眞代   「かしこ」から かしこ

女子高生シンガーソングライター

instagram.com/stories/jeunnedark/2339889431061551064

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彼女に初めて会ったのは地元鴨川、里山デザインファクトリーだった。2~3曲セッションした。どこを見れば良いのか?知っているんだな^ ^と思ったし何より歌に純粋な想いがある。

スタジオMで楽しもう!にも仲間のカナっぺさんと来てくれた。やはり2人とも純粋さを見せてくれたし我々世代に多くの新鮮な刺激を与えてくれた。

取り立てて作り込む必要も無い程、素敵じゃない?

多くの人に聴いて欲しいや😊

#鴨川デザインファクトリー

#大久保スタジオm

#イジメに負けない

#マイノリティ

#高校生シンガーソングライター

#女子高生シンガーソングライター

#スタジオmで楽しもう

かしこ サンプル

以前作ったCDです。

スタジオの経営難に際し、恥を忍んで買ってくれーのお願いです。

邦楽に取り組むきっかけになった作品集です。

思った以上に売れませんでした😊

しかしCDという形にする上での学びは多かったと思います。

現在も積極的に新しい箏曲を作っていますが、その試みの初期の記録。

時代は配信主流ですが、今後もCDメディアやライブの独自の価値はあるのではないかと思います。

揺れる月 https://youtu.be/rIKjqMepiGo

名もない花 https://youtu.be/3vgrHW47O9w

かしこ ライブhttps://youtu.be/dCPrf_teU5w

邦楽器の危機?

以下持論。

⭐︎安い楽器は必要です。

⭐︎古い楽器を捨てさせない。

⭐︎伝統を学ぶ前に楽器そのものの音を聴け。

自分も20年ほど前まで邦楽に関心はありませんでした。

アイルランドに行った際、日本の音楽を聴かせろ?と言われ、思いついたのは、唱歌止まり^ ^

ん?ヤバイ?と思ったのがキッカケ😆

その後、箏の生音を聴き、既存の曲以外の可能性を感じて、箏用の曲を作る事になったんです。

そもそも箏や三味線の求める世界は鍵盤楽器が求める物とは別次元。同じ様に扱うには無理があると感じています。

一言で言えば、倍音や共振の扱い方、西洋でノイズとされる不協も、邦楽の世界では魅力です。1つの音しか鳴らさない時、現れる響きに趣を感じる文化。強制的な和声に組み込まれた途端、その微細な響きは掻き消されてしまいます。それを忘れたら邦楽はやばい!

詳しく議論したい方はスタジオにどーぞ😊

西洋のクラッシックと呼ばれる音楽と、伝統邦楽、似ているのは、その権威主義的な態度。

音楽と扱う人の態度が、自分の感覚では全く不一致。謎だらけ😊

歴史的な解説も、つじつまが合わない事だらけ^ ^

結果的に危機を招く一因になっていると思います。それを学校で教えるか?です😆

なので偉い人の講釈より自分の耳を信じる事にしてます。これも議論したい方はスタジオにどーぞ😁

中古のキダーは、安い物なら5000円で買えます。

そのキダーを手にした人は、一生そのギターを使うかと言うと、そうでも無いでしょう。

いつか10万のギターが欲しくなり、100万のギターが欲しくなる😊

なぜ?当然、音が違う!と感じるからです。

勿論、憧れの誰かと同じ楽器が欲しいとか、後で値が上がるとか、そんなんも無いとは言えませんけど😊

高価なギターと安価なギター、決定的なのは材料の違い。職人技は、選定の目からで、手先では無いのだと思うけどね^ ^

例えば高級な木材、見た目は同じでも古い物と新しい物は、全く違う楽器になります。

ハカランダなら良い音がする!と思うのは愚かだよー😁

シーズニングと呼ばれる乾燥にかけられる時間、長い物は10~30年以上管理、寝かされます。その間に割れたり朽ちたり、手間だけで価格差が起こるのは当然。

話が逸れました^ ^

箏、琵琶にしても三味線にしても、古くから国産の場合、コスト、手間の掛かる仕事をしていると思います。

三味線の棹の継ぎ目、古いのに狂いが無いとしたら材料の選定、経年後の読み、色んな事に気が配られた痕跡があります。

個人的には多くの古い三味線や箏が捨てられている事実を見逃せないので、壊れた三味線、琵琶、箏を集めています😊

昔の職人が選定した木材、手間を思います。

ギターは、古い楽器に人気があります。

その理由の一番はやはり素材です。

選ばれた木材、丁寧なシーズニング加えて手間、使い込まれた事による響き。

勿論寿命はあると思いますが。

新しい楽器を作らないと職人が生き延びられない?そうかも知れません。

でも手順としては、捨てられる楽器を活かす事が優先だと考えています。

まず楽器を手軽に手に出来る事、それが楽しければ、次には高級な楽器が欲しくなるのは、ギターの例からもわかります。

となると残る最大の問題、これが一番大事ですが、ステキー‼️弾いてみたい❗️となる楽曲、邦楽器の独特性を活かす演奏家、作曲家の育成です。

分かり易い邦楽の危機は明治!と感じています。

国が伝統文化!と擁護した物の選定を間違えた?すっかり取りこぼした何か?

多くの邦楽人は気付いていると思うのですが😁これも議論は是非スタジオで😁

宮城道雄はまさに天才的です。彼の存在がなければ箏は更に衰退したかも知れません。

事情があったにせよ洋楽に寄りすぎた感もあります。何せその後の作曲家は、洋楽の表現を箏に求め、結果、弦の数を増やす事に躊躇が無い態度を取る人が増えた時、箏の独自性は、消え始めている様に見えます。

個人的には13弦とそれ以外の箏は、別の楽器だと感じています。良い悪いでは無く。

箏はこう言う曲を弾く物!三味線は!などと考える前に、もう一度、音そのものから、楽曲を作るべき!だと個人的には強く思います。

それでは伝統が忘れられる?

楽器そのものの音から喚起する感性が邦楽その物!と言う解釈だってあって良い❗️と思うのです。

むしろ知識が先に無ければ心に響かない伝統なら滅んで良い❗️です😆

現在、手元に使われなくなった箏が四面、革の割れた三味線が3棹あります^ ^

箏はどれも柱がない😆これは素材が象牙だったりするので先に処分されたのかも知れません😖

三味線の革は、犬でも5万くらい。一先ずプラでも良いから直したい^ ^

CDかしこの宣伝です

以前作ったCDです。

スタジオの経営難に際し、恥を忍んで買ってくれーのお願いです。

邦楽に取り組むきっかけになった作品集です。

思った以上に売れませんでした😊

しかしCDという形にする上での学びは多かったと思います。

現在も積極的に新しい箏曲を作っていますが、その試みの初期の記録。

時代は配信主流ですが、今後もCDメディアやライブの独自の価値はあるのではないかと思います。

揺れる月 https://youtu.be/rIKjqMepiGo

名もない花 https://youtu.be/3vgrHW47O9w

かしこ ライブhttps://youtu.be/dCPrf_teU5w

大橋さん世を去る

大橋さんとの出会いは、2012年「荒馬の旅」代表の田村さんから舞台音楽の依頼を受けた事による。

それまで演出家と呼ばれる正体不明の人種との接点など全く無かった。

その後8年の間に、あと2人の演出家と仕事をする事になったが、幸か不幸か私にとって演出家の基準は大橋さんになったし、全てが予想外、風変わりな経験だった。

台本は無し、タイトルのみ提示され、その意味するところをタイトルを提示した田村さんですら分からない!と言う。想像する演劇とは程遠いし、そもそもどんな曲が求められているかは、無いに等しい。

役者さん達は、それぞれ、そのタイトルから連想する何かを持ち寄り、 メンバーの前で演じる。時に一人で、時に仲間の手を借りて。

30程のエピソードが積み重なると、大橋さんによって掘り下げが求められ、整理され、やがて一つのストーリーが存在するかの様な空間が浮かび始める。

舞台の役者は、闇に揺れる蝋燭の灯りの様なモノだ。

誰かの炎ばかり見つめて真似をしても、炎を作り出している根拠はない。

舞台に見えない部分が炎だったり役者だったりを作り出す。

きっと、それは別名「日常」だ。

舞台や客席に人がいる限り「無」は存在しない。

見透かされる恐怖を忘れたインチキと、分かった顔をする観客。

そんな場所に簡単に共感出来る感動なんかあるはずもない。

結局は、何を持ち帰ったのか?  持ち帰ったものを、どうにかするのは、その個でしかない。

これは政治家と国民の関係にも似ているな。

あさ大橋さんは稽古期間、何度か1人でスタジオに足を運んでくれた。お互い何のポーズも無く、仕事の話は、日常に拡散する。

子供のような好奇心と自分の場に対する自信。それには好感を持たされてしまった。

演劇、舞台、そんなところに疎い自分が見ていたのは、舞台を作ると言うより、舞台、役者と言うとっかかりを通して自分に向き合う人を作っていたようにも思える。

弔問の際、 娘さんを見て更にそう思えた。

思えば、後に知り合った演出家もまた同様の側面はあった気がする。ガムシャラに自分のトンネルを掘る人と舞台を作る、違うかな、日常を生きる!かも知れない。

ひたすら自分のトンネルを掘り続けると、いつかは広い場所に出る。

ガムシャラにトンネルを掘り続けたら、きっとまた笑顔の大橋さんに会えるんだろうと思う。

もう少し、お互い嫌な奴でいたかった。

緩やかに再開、緩やかにシフト

収束したのか否か、ほとんど納得のいかないまま、世の中は緩く動き始めています。現在スタジオは利用者もないまま再開しました。

個人練習、レッスン等、少人数の利用からでも、活気が戻ってくれるとありがたいと思っています。

いずれにせよ、ミュージシャンが、かつての様に活発なライブ活動が出来ない以上、利用者数は、戻らません。

加えてライブ配信などが定着すると、ライブ、レッスンなどもオンライン化、スタジオの利用は更に減少すると考えています。

当然、従来の業務形態では、立ち行かなくなるのは自明です。

スタジオの環境を利用したオンライン業務や、直に同じ空間にいる事でしか成立しない音楽のあり方などを模索して行くつもりでいます。

今後とも大久保スタジオMを、よろしくお願いします。

世界の豊かさに愛を込めて

このところ、以前録音してsoundcloudに上げていたプンの曲を自分でベースを弾きキーボードを入れて動画も付けた。
YouTubeで最初に表示される静止画の設定が分かんない。誰か助けてくれると嬉しい😊

なぜ彼等は異国に働きに出なければいけないのか?その事情を多くの日本の人にも考えて欲しいと思う。
オレはネパールの人達の根本的な優しさが大好きだ。それは、かつて自分もそう言う人達に囲まれて暮らしていたような懐かしさを感じさせてくれるからかも知れない。
先進国?の人は多くを得たかも知れないが多くを失ってもいる。
それは必然かも知れないが、失ったモノが持っていた豊かさを思い起こす事も、また大切だ。