祈りの音 冬の音

「かしこ」と言うCDを作り、今年4月からルーテル東京教会で四季毎にコンサートを企画しています。(実際にはタイミングがズレてますが・・)

次回は2018年1月31日 「祈りの音冬の音」と題して、アイヌの人々の言葉と音楽をモチーフにしたコンサートになる予定です。

「かしこ」は「我らをこの地に住まわせたまえ」という歌です。

月や火星の土地を買う・・その感覚が、私には分からないのですが・・・
そもそも誰から買うのだろうね?そう考えると、土地だって私の物と主張する根拠が分からない・・と思ったりもします。

震災、原発事故や基地問題、領土問題、様々なトラブルの根っこには、少なからず土地はいったい誰の物なのか?が絡みます。
所有の根拠は、歴史のどこかで様々に作りあげられた物語で、集団的な思い込みが具現化、実体化今の暮らしを一気に変える事が出来なくても、
再考の必要はあると思うのです。

春は、「兆しの音」と題し、違和感を持ちながら生きる人達の出会いや、そこから始まる変化の兆しを作品にしようと考えました。
夏は「昊の音」と題し、生まれた場所、暮らす場所にどう結び付いているのかを考えました。
秋は、「愁いの音」と題し、土地と結び付いた暮らし、他の地からやって来た人「よそ者」との関わり、肯定的なあり方として八丈太鼓を紹介しながらやってみました。

明治時代、アイヌの人々は国家ぐるみの差別、弾圧を経験し、それまでの暮らし・自然との関わりを続けられなくなった経緯があります。(実際には、もっと前の時代から大きな苦悩があったわけですが・・)

「自然と向き合い共存する感性」それは遙か昔、私達の祖先にも備わっていたのでは無いでしょうか。
その感性は、先住民の言葉や暮らしが消えて行くのと比例するように消滅の危機に瀕しているのではないでしょうか。
「アイヌの声を聴く」は「数千年前の我々の声を聴く」に似ているようにも思えるのです。

 

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八丈太鼓に寄せて

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八丈太鼓について少し書きたいと思います。

日本の民謡など、一般に知られた日本的リズム感とは随分違う演奏だった事に驚きました。
更には、芸能のあり方としても、非常に珍しく優れた物に思えたのです。

八丈太鼓との出会い

11月のコンサートに八丈太鼓をお招きした際、事前に色々と資料を漁りました。
日本の民謡には、あまり興味が持てないままでしたので殆ど無知の状態から始まりました。結果的に多くを学びました。

以前のあるイベントで八丈太鼓の皆さんとご一緒した際、、お客さんを巻き込んでのパフォーマンス、回し打ちと言うらしいのですが、それが、言葉の通じない人達との交流イベントにぴったりな気がして、とても魅力的に思えました。

今回、長山育生氏と言う同郷の友人が今は八丈島に暮らし、故奥山熊雄氏と言う八丈太鼓の伝説的な人物に師事していたと聞きました。その奥山熊雄氏が、東京で公演した際の映像もお借りして拝見。大変驚いたのと同時に「回し打ち」が、単にお客さんを招き入れる形式的なパフォーマンスでは無い事に気付きました。

八丈島とよそ者

歴史上の話は苦手なのですが、八丈島は江戸時代の流刑地として有名なところです。
話によると受刑者は政治犯が多く、階級的には武士などわりと身分の高い人が多かったと聞きました。

これからは想像です。

江戸時代の海路300キロはおそらく苦難の旅、無事到着したとしても、よそ者として暮らす事を思えば受刑者の不安は極まったかも知れません。
ところが、島に到着してみると案外そうでは無かったようなのです。

「沖で見たときゃ鬼島と見たが、来てみりゃ八丈は情け島」歌の文句にあるのですが、これが江戸時代の八丈太鼓、八丈島気質を端的に現しているのかも知れません。

八丈太鼓の由来

大きく2つ唱えられています。一つは流人であった武士達が、禁じられた帯刀に替わりバチを持ち武芸の修行として太鼓を打ち始め、それを島の人達に伝えたと言う説。

もう一つは、当時から養蚕、機織りの盛んな八丈島では、主に女性達によって黄八丈の生産が行われ、主に女性達の娯楽として発展した・・と言う説です。

個人的には2番目の説が、有力だと思いますが、1番目の説にも考察の価値があります。

太鼓を叩きながら歌う文句には、本土各地の民謡が多数取り込まれており、流人達が歌を伝えた様子が伺えます。武士であれ、なんであれ流人と島民の交流の跡と言えそうです。

奥山熊雄さんと言う人

お借りした舞台映像、youtubeにあった昔のラジオ番組音源、こちらは太鼓無し、歌のみもありました。
不思議に思ったのは、歌にせよ太鼓にせよ殆どアクセントが2拍目にあると言う事です。
日本の民謡を歌う場合、あるいは日本人がポップスを歌う場合、手拍子が頭拍に来る事が普通で、洋楽を演奏する場合、ちょっとした障害になることもあるのです。ところが奥山熊雄さんは、8ビートのスネアドラムよろしく2拍目にアクセントを置いて歌います。ROCKなんです。

ショメ節を例にとると、

おきで たときゃ にしまと たが・」「お でみた きゃおにし とみた ・」

前は一般的な手拍子の位置、後ろが奥山さんの手拍子です。勿論、太鼓もこの調子です。これは、通常の頭でリズムを取る方法よりずっと軽快で、推進力が生まれる手法です。
戦後、洋楽が押し寄せた日本で、例えばビートルズが熱狂的に受け入れられた要素の一つです。体が動き、浮き浮きしてしまう感じでしょうか。

※詳しい方に伺ったところ 能は2拍目にアクセントを置くそうです。

いずれにせよ、youtube等で見る限り、殆どの八丈太鼓、民謡継承者の皆さんは、ほぼ奥山さんと反対に叩いています。これが何を意味するのか非常に興味のわくところです。

 

長山くんの話

10年、奥山さんの下打ち(所謂伴奏)をしてきた長山くんから幾つか情報をもらいました。

幼少の頃から当時の老女達に可愛がられ太鼓や歌を覚えた。
奥山さんが正しく記憶したとすれば、江戸時代から裏拍アクセントが島の標準だった事になります。※(殆ど踏襲されていない可能性があり文化的に大きな損失になる危険性がある)

半紙を膝に挟み両脇の下に卵を挟んで落とさない様に叩くと習ったそうです。
それは、女性の所作を教え且つ、盛り上がっても柔和で居る事を教えているのではないか?

楽器(太鼓)を選ばなかった。

こう叩きたい、こんな音を出したいより、そこにある太鼓に寄り添う姿を思わせます。
付き合う相手を選ばず、相手の長所を見出し対応する姿勢に繋がります。

練習する姿は見なかったが、就寝前、仰向けになり太ももを叩いていたそうです。
自分の体が太鼓であるイメージと合わせ、自信が太鼓になりつつ、音を出さずとも響きを感じていたと思われます。

肩に担げるくらい小型軽量な太鼓を持っていたそうです。力まない柔和な性格を思わせます。

身内の不幸があった時も、太鼓を叩くと陽気になれる人だったそです。
気持ちの良い音のイメージを具現化し、自分の気持ちにフィードバックさせる事が出来ていたと思われます。

DVD奥山熊雄の世界から

映像から見えるのは、その陽気な人柄、次いで太鼓を叩く極めて女性的な仕草、その柔らかい流れから生まれるグルーブ、優しいタッチ、芸を見せようとせず、自ら楽しむ態度。
回し打ちの際、ステージ端から参加者を盛り上げる姿勢など、一歩退いて見守りながらも無意識に場を作る事が出来ていました。

江戸時代、奥山熊雄さんのような気質が八丈島に充満し文化を作っていたとすれば、よそ者である流人も、隔たり無く受け入れて巻き込んだとしても何の不思議もありません。

罪人として、忌み嫌われる覚悟をし、或いは理不尽な処罰に対する怒りに震え、望郷の思いなど深い傷心の中、仮に奥山さんが、どんな太鼓でも気持ちの良い音を出すように、その声を聴き、その人に合わせた対応が出来、自らが叩く太鼓で平安な心に導く。そんな八丈島があったと思わせる奥山熊雄の世界でした。

武術の修行としての八丈太鼓

もしあったとすれば、人前で披露する様な物ではなかったと推測出来ます。
修行を盗み見た島の人がそれを真似た・・ならあるかも知れません。

八丈太鼓のグルーブの一つとして「本ばたき」と言う物があります。
他の物より重たいグルーブで、水をかくオールや艪の力の入れ方に似たグルーブです。
私の知っている範囲だと70年代前半のイギリスのロックバンドやジャマイカのバンドに見られるタイプのグルーブです。船を漕ぐ文化がある上で共通しています。

オールを沢山水に沈めれば大きな力が必要になりますし、気合いが入り力強くなる程、重く遅くもなります。この溜まった感じが、気合いが入る!力強く勇ましい!=武士と受け止められた可能性もありますが、武術とは関係なさそうです。

八丈太鼓の神髄?
奥山熊雄さんにとって、八丈太鼓は「相手を思いやり、受け入れ、気持ち良くなって(鳴って)くれるまで辛抱強く叩く、そうすれば、応えてくれる。そこに喜びを見出す!」そういう心得だった。そう思えてなりません。奥山さんは無自覚に、でも確かに日本古来のROCKを演奏していました。八丈太鼓の心得とそれを支えた和製ROCKビート・・案外、よそ者の長山くん、今回の共演で多くを得たと話す柵木さん、八丈島の人達にその誇りを取り戻して頂く立役者になりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで今更ドレミの前?

 

 

「ドレミの前の音楽」と言う企画を考え中・・と言うか、今週末には実践してみるのだが・・
何故そんな事をする気になったのかと言うと・・

 

音楽って何だったのかを見失いそうな自分に対する危機感。

昨今流れている音楽、環境音の不可解。

音の認識は、生活、社会、政治などとも深く関わりがあると思うから。

 

ドレミの前・・

ドレミは音楽の認識に大いに機能しているが、仮の名前に過ぎない。
日本と呼ばれる国も、アメリカも、本当の名前なんて誰も知らない。
皆がそう呼ぶ事で、実体があるように振る舞う。便利だけどね。

よく命名と言うけど、大概の場合、名付けられる事で、命を奪われる感もある。
言葉は、箱に貼られたラベルの様な物かも知れない。
言葉のラベルを貼られた箱を「理解した」と判断した途端、箱は殆ど開けられる事も無くなる。
箱の中身は、入れた時と全く違う物に変化しているかも知れないんだけど。

出来上がった楽器で、出来上がった曲を、出来上がった技術で演奏したとしても、
そこに聞こえるのは、中身の無い箱の様な物だったりする事もある。
箱に中身を入れるのは、各個人の仕事、あるいは思い込みだったりもする。

 

乱暴な言い方だけど、音楽とは「気分」である!と言い切っておくと話が進め易い。
ある「気分」に到達する為の乗り物かな・・なので、音楽その物が、行動を起こす分けじゃない。
お祭り騒ぎの気分、祈りの気分、リラックスした気分、様々だけど。

鬱な人が、元気な太鼓の音を目指す事が出来たら、きっと元気になるだろうし、
落ち着きの無い人が、静かな音楽を奏でる事が出来る頃には、落ち着いた人になるかも知れない。
いずれにせよ、その人の気分が求める心地よさに向かって行く事になりそうだ。

そこには、言語など存在しないだろう。なんせ気分だから。
最高の気分があるとすれば、それは誰かが独占する類いの物じゃない。誰にでも共有される心地よい気分。
これも、乱暴に言えば、その気分は、神と呼ばれる物の気分だろうから。勿論想像だけど。

例えば、政治的な歌は神の気分と、ほど遠い。それが働きかける場は、誰かに対する不満をぶちまける気分、
あるいは、不満の共有者を見いだす気分に到達する可能性が高いから。なので、大概の場合、
その種の音楽は、ガス抜きに終わり、現実に政治には機能し辛い。

誰かを犠牲にする人の気分を、変える可能性があるのは、神の気分だけだろうと言う気がする。
後悔も攻撃される余地も無い共有可能な快楽?

 

話は、変わる。

楽曲として記録された物、例えば楽譜は、ある「気分」に到達した記録であり、再び訪れる為の地図だ。
流れる音楽は、ある気分に誘う灯台みたいな物かも知れないが、
誘うだけで、到達する為の乗り物では無い。それに気づくと、人は自ら音楽を奏でようとするんじゃないか・・な。
仮に、その「気分」の音を、自らが出せた時に初めて到達出来る場がある。
神の気分の大分手前だとしても。

さっきも書いたが、楽曲は単純な一つの音が導いた「気分」に到達する為の詳細な地図かも知れない。
だがいつの間にか、目的地に向かう事以上に、地図を書く技法に注目が集まった。
そのうち、誰も目的地が書かれていない事、気付かなくなった。さらには、その必要性すら見えなくなったのかも知れない。

勿論、地図の進化は悪い事でじゃ無い。でもまあ、地図が無くても道は探せる。
要するに、楽譜なんて読めなくても音楽は出来るってこと。

 

気持ち良い音

人の気分を左右する音は、そこいら中に転がっている。

例えば、木片をぶつけた音。個体によって随分と違う音が出る。
甲高い音や曇った音、乾いた音や湿った音。
素材、大きさや形、質量、木目の向きによって、
また叩く側、バチのような物の質量や堅さ、叩く強さによっても音色は変わる。
好む音を選ぶ分けだが、その時点である程度その人の人柄や心理状態が反映されている。
求める音は、その人の気分、その時点での気分による。

殆どの人が、良い音と認める音は、ある指向性を持つ事になる。
その方向に向かい、楽器は進化した。

音の高さ、周波数も、音色の違いの一つに過ぎなかったかも知れない。
複数の音を組み合わせる。同時に出す、間隔を開けて出す。
これにも多様な心地よい組み合わせが、見いだされる。
先の初歩的な楽器の音色の価値も、この辺りで変化が見られるかも知れない。
単独では、面白く無い音が、他との組み合わせ方次第で化ける可能性があるから。

強弱、間隔、音の高さなどの組み合わせの中に心地よい物が見いだされる。

笛や擦弦など、延びるが作れる様になると、様々な干渉が発見され、
当然、心地よい干渉が追求される。

ある「気分」に到達する努力が繰り返される内に、目的がすり替わるかも知れない。
だと
より高い音、長い音、大きな音、複雑な組み合わせなどが、求められ、単独の音の心地良さ、
機能、目的だった「気分」は、大分忘れられる。

音楽の基本は、与えられた状況で、どれだけ目的の「気分」に到達出来るかの訓練みたいなもので、
ドレミや慣例の習得では無い。

一つの木片を叩いて、元気な気分や落ち着いた気分に到達する事も可能だと思う。
他の木片なら更に、目指す気分に近い音が出るかも知れない。
誰かがそう教えると、その木片が欲しくなる。

その木片を作りあげた人は、到達したい目的の気分が明確だったのかも知れない。
以前の木片に比べ、随分と目的に導く機能を果たす事になるだろうけど、
筏がボートになった様なものかも知れない。勿論、ボートの方が良いけどね。

最近知ることになった八丈太鼓の世界。故奥山熊夫と言う人、
この単純な図式を知っていたかの様に歌い、太鼓を叩いていたご様子。

そう言った意味で、音楽療法って言葉が、不思議に思える。
ドレミの前の音楽を続ける事が出来れば、療法なんて言葉を使うまでも無く、
音楽って、そういう物じゃないっけ?と思うから。
あえて療法にしなければいけない位、ちゃんと機能しない音楽だらけって事なのか?

演奏に関わらず、音を出す事は、周囲の人間にも大きな気分的影響を与える。
たとえ無自覚だったとしてもだ。

こうしている間にも、冷蔵庫のモーター、蛍光灯、時計、時折酔っ払いの声、
救急車のサイレン・・何かしら音が聞こえている。

たまにだが、ライブなどで音楽を聴いている人に、話しかける人を見かける。
演奏している人の前で、他の楽器をした鳴らしたり、CDをかけたり、大声で話す人を見かける。
不満をぶちまけている分けじゃなく、不安を感じるって事なんだけど。社会の縮図のようで。

取りあえず、それはドですよね?とか、バッハですよね、とか、ストラディバリですよね・・とか、
そういう耳じゃなく、「気分」を聞き取る耳を作った方が、ずっと良い。

 

今度の土日 大久保駅徒歩1分

http://nsn-shinjuku.com/

今田新聞店主催のカルチャースクールです。昼の休憩時間担当します。箏とギターの演奏もする予定ですが、まじめなセミナーを受けた皆さんに休憩がてら、演奏体験をしてもらおうと言う企画。和太鼓や台所のボールなども持ち込んで遊びます。

 

だれかる

1115コンサート間近 八丈太鼓など

コンサート間近・・宣伝をかねて八丈太鼓のお話。

八丈太鼓は、10年くらい前だったか「大久保アジアの祭り」というイベントで「まごめ会」の演奏を見たのが最初。メンバーの中に柵木さんもいらっしゃいました。
見せて・聴かせて楽しませるだけで無く参加型。
多文化の交流の切っ掛けを作る上で、未経験者が一緒に演奏出来る形は魅力的に思えました。

しかし、そのベースに八丈島の文化・気質の様な物がしっかり存在している事までは、考えも及ばなかったわけで、今回はその辺りの理解も少し進み興味も増してきました。

例えば、お年寄りに手拍子をお願いすると大概は、頭拍に手を打つ事になります。
日本の民謡に関しては、そう言う物だと思っていたわけですが、八丈島の古老?今回のゲスト長山君の師匠に当たる故奥山熊夫氏の歌、演奏を聴く限り、後の拍にアクセント・手拍子があり太鼓のノリも私にはその様に聞こえます。
アップビートアクセント・・バックビート・・まあ、ロックなんです。

面白い事に、その後の八丈太鼓、歌の継承者をネットで聴く限り、皆さんダウンビート・・勘違いで無ければ八丈島には江戸時代以前からロックがあった・・そしてその部分は

消えそうなのかも・・

(最初のショメショメが2拍子2拍目から始まっていると考える。)

太鼓と歌 17分27秒~

コンガセット売ります。

コンガセット

買ってくださーい。
数年前に亡くなられたスタジオ常連さんの遺品なんです。
お身内の方から販売委託されました。

LPのコンガセット 中古ですがほぼ未使用。
¥30000-
http://moridaira.jp/posts/lp-conga-646ny
本体価格で¥63000-

無事、購入してくださる方 見つかりました。ありがとうございました。

八丈太鼓の世界

八丈太鼓について・・11月15日ルーテル教会でのコンサートにお招きする長山・柵木両氏
今回彼らをお招きした個人的な理由は色々あるのですが、ここで、私が今、認識している
八丈太鼓の世界・・について少し書きたいと思います。

八丈太鼓に注目したのは、10年程前「大久保アジアの祭り」というイベントで「まごめ会」の皆さんと
ご一緒した事が切っ掛けです。ベテランが基本的なリズムを支え、そこに未経験者も参加出来る仕組み。

特に言葉が通じないなど、交流に障害があったとしても受け入れる事が出来る音楽の形態を
持っていると言う印象がありました。
大久保で開催する海外の人との交流を促すイベントには、ピッタリなんじゃないかと思い、
まごめ会の柵木さんに連絡を取らせて頂いたりもしました。

今回のコンサートの為に柵木さんからいただいた資料「故奥山熊雄」さんの舞台を
DVDで観させて頂きました。そこに現れている奥山さんの世界は一言で言うなら「他者を受け入れる心」
なんじゃないかと・・DVDは舞台なんですが、そこにある奥山さんの姿は、八丈島の人達が、
子供であった頃の彼に伝えたかった、人のあるべき姿勢みたいな物だったのではないか・・と感じました。

色々調べてみると、八丈太鼓は「流人の文化」として島に伝わった説などもあるのですが、
その辺りには、観光誘致やエンターテイメントとして多くの人を楽しませる為の物語も多く作られた
様子がうかがえます。エンターテイメント芸能の時代としては、必然なのかも知れませんし必要な事なのかも
知れません。

ただ、奥山さんの伝える八丈太鼓の世界が現わす物は知らない者をも受け入れ、心を開かせてしまう作法
とでも言うべき音楽の在り方で、仮に厳めしい武家の流人やヤサグレた犯罪者をも笑顔にさせたかも知れない昔の
八丈島の人々の姿を想像させます。

奥山氏の姿は仕草もどこか女性的と言うか、たおやかです。
彼はそれを先人から、フォームとして学んだようです。脇の下に卵を挟んで落とさないように太鼓を叩く。
膝の間に半紙を挟み落とさない・・吊るした太鼓を揺らさない・・そんな具合です。
重要なのは、卵や半紙を落とさない緊張感では無く、そう言った柔の気分に到達する方法の一つです。

結果的に演奏家として良い音を聴かせるだけではなく、そこに居る人達にも良い音を出させる・・
それを実現しているように思います。

DVDで垣間見た「奥山熊雄の世界」は、特別格好の良い舞いの様な叩き方でも無く、
複雑で難易度の高いバチさばきを見せる分けでもなく他の誰にも緊張を強いる事なく、
楽しいシェアの世界に誘うおじいちゃんが満面の笑みで、そこに居る全ての人に声をかけて回る・・
そんな光景でした。